東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1432号 判決
被控訴人は本件家屋は被控訴人のいわゆる社宅であつて控訴人が被控訴人の従業員たる身分を有することを前提として使用させたものであり、従業員たる身分を喪失したときは明渡すべきものであると主張するのに対し、控訴人は被控訴人から一カ月金八百六十円(その後一カ月金六百五十円と変更)の賃料で賃借したものであると主張する。よつて按ずるに成立に争ない甲第三、第四号証乙第一ないし第四号証の各記載、原審における証人吉田三郎、同深堀佐市の各証言及び控訴人本人尋問の結果をあわせると、控訴人は昭和二十七年二月ごろ被控訴人の渋川工場から本社に転勤となつたが住居に困つたので被控訴人に対し社宅の提供を求めたところ、当時被控訴人においては控訴人を入居させるべき社宅がなかつたので、あらたに社宅を購入することとし、当時の総務課長吉田三郎が物色の末本件家屋を社宅として購入し控訴人に使用させるにいたつたもので、被控訴人は控訴人からはじめは一カ月金八百円、昭和二十八年からは一カ月金六百円の使用料をとつていたが、この金額は本件家屋の適正賃料の七〇パーセント(値下後は六〇パーセント)に当ることを認めることができる。以上の事実によれば本件家屋は被控訴人がその従業員に使用させるためのいわゆる社宅であつて、控訴人も従業員という身分にあつたためこれが使用を許されたことは明らかであるが、これだけで直ちに被控訴人主張のように借家法の適用のない使用関係と認めるには不十分である。そのいわゆる使用料が適正賃料にくらべて七〇パーセントないし六〇パーセントであるというだけで、これが家屋使用の対価でないとするのも早計である。かえつて右証人吉田三郎の証言によれば被控訴人の本社においてかくべつ社宅使用に関する規程のようなものはなく、すべての従業員が社宅に入つているわけでもなく、社宅の使用は従業員に対する一種の福利厚生の方法ではあるが、とくに給与の変形というようなものではないことが認められ、右控訴人本人尋問の結果によれば本件家屋は被控訴人の本社の所在地に対する地理的関係としてはむしろ不便で、また被控訴人自ら多少の修繕等を負担するのが実情であつてその使用料はむしろ家屋使用の対価としての意義を有していたものと認められる。右の事情によれば、本件家屋の使用関係はなお賃貸借たることを失わないものというべきである。